![]() 奈良市春日野町1番4 nifty map 鳥居 ![]()
楼門と東西の廊 ![]()
平安遷都後の貞観二年(860)に現在の地に遷座され、興福寺の鎮守、南都の地主神、南都楽所の氏神として崇敬されていました。
往古は暑い季節に皇族が亡くなった際、モガリ期間の腐敗の防止に氷を使用したようである。氷室の全てに神社が残っている訳ではなく、氷室は各地に多くあったようである。大和で氷池は30。 『氷室神社縁起』によると、三笠山麓の吉城川の上流月日磐(下津岩根宮)に氷神を奉祀し、これを吉城川氷室、春日氷室、水谷氷室などと称したと云う。宮を高橋氷室神社と称したので、添上郡の延喜式内社の高橋神社に『大和志料』は比定している。社殿が建立されたのは建保五年(1217)とされている。 舞楽殿の拝殿 ![]() お姿 登大路に面した春日造の一の鳥居をくぐると、両側に石灯籠が並んで出迎えてくれる。石段を登ると楼門と東西の廊がある。11月下旬の小春日よりの日の参詣であったが、本殿の前に立つと、周辺とは異なって冷たい風が吹いていた。流石氷室。
本殿は三間社流造である。江戸末期の造営と云う。 本殿 ![]() 摂社 舞光社「狛光高霊」 ![]() 本殿と舞光社 ![]()
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