![]() 交通案内 祭神 ![]() 由緒
むかし出雲の国のひの川に住んでいた八岐の大蛇は、一っの身に八っの頭と尾をもっていた。
素盞嗚尊がこれを八段に切断して、八っ身に八っ頭が取りつき、八っの小蛇となって天に昇り、水雷神と化した。 八っ岩に一っだけ平たいものがある。これをばくち場という。これはどれであったかはわからなかったが、 お祭りをされていた中心にある大きい岩の上部は平たくなっている。自然な状態の平たさなのかどうかは判らないが、恐らく当初はこの岩の上で祭祀が行われていたのであろう。 それが徐々に岩を祀るようになってきたのは宗像の沖の島の祭祀からの想像だが、相当に古い時代からの祭りの場であったものと想像したい。 ![]() 貞観年中(859〜877)に吉田連の一族、都祁の村公康敬が神殿を造って神格となし、八剣神となし、田井庄町の八剣社として祀られたという。 八っ岩の隣に ほおづき谷というところがある。八っ岩に蛇がいた。その目の玉がほおづきの如く赤く見えたので ほおづき谷という。 当社は山辺郡所属の式内小社夜都伎[ヤツキ]神社の元社との伝承がある。また上記民話では、出雲建雄神社の神の降臨地とも理解できる。 ここに葛神社(九頭神社)と出雲建雄神社とが同じ神格であるようにとらえられており、これが混乱による間違いなのか、これら二つの式内社は同じルーツなのか、判断がつきかねる所。 お姿 ![]() 八ツ岩の鎮座地から大和平野の一部がよく見える。山辺の道沿いの夜都岐神社付近から田原本町あたり、また天理市の西方の八劍神社付近も見えていたようだ。
両社ともに元社がこの八つ岩との伝承もあるようで、お互いに見えると言うことが一つの証のようにも思える。 登拝 平成14年11月23日 香具さん、miekoさん、与乃登さん、kokoroさん、筆者 神奈備にようこそ > |