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 大和神社(おおやまと)
天理市新泉町星山

鳥居

交通案内
JR桜井線長柄駅 東へ300m、更に南へ200m mapfan



祭神
中殿 大国御魂神
左殿 八千才神
右殿 御歳神
 神々は戦艦大和の艦内にも祀られた。
摂社 増御子神社「猿田彦命、天鈿女命」
摂社 朝日神社「朝日豊明姫」
摂社 タカオカミ神社「雨師明神」、延喜式では丹生川上神社の元宮とする。
摂社 渟名城入姫神社「渟名城入姫神社」
摂社 雅宮神社(まさみや)「天押雲根神」
末社 祖霊社 戦艦大和とその所属艦隊の英霊を合祀。



由緒
 崇神天皇の御代、天照皇大神と大和大国魂神は宮中に祀られていた。天皇五年国内に疫病多く、この二神が同床にあるのは畏れ多いとし、天照皇大神を笠縫村に遷し、大和大国魂神を皇女淳名城入姫に祀らせたが、姫は髪落ち体痩せ、祭祀ができなくなった。
 その後、淳名城稚姫が祀ったが同様で、大倭直の祖、長尾市宿彌に命じて祀らせた。
 当初からの鎮座地位置は諸説あり、定まらない。式内社研究の故志賀剛氏は上代ー長岡岬、古代ー長岳寺の上、中世ー高槻山、近世初ー歯定神社、元禄頃ー現社地と遷座したものと想定している。土着性のない神であった。
 上代:紀「祠於大市長岡岬」がある。柳本に接して長岡の地があり、市場なる地名がある。丘陵地に神離のみで祀られたみであったろう。
 古代:釜口に長岳寺があり大和神社の神宮寺と大和志料にも記されている。
 中世:院政時代に火災にあい、再建ができなかった。長岳寺領の高槻山に遷座したとの郷土史家の言が紹介されている。古代のお旅所である。
 近世初:この頃は歯定神社が高槻山と近くにあった。現在の大和神社のお旅所が歯定神社の横である。



山辺の道沿いのお旅所



 元禄頃:大和名所図会にも記されている。元々の大和の地の神ではなかった。三輪大社と石上神宮の神威の及ばない場所に建てられた。*1 三輪大神や石上大神を奉ずる旧氏族の真ん中に大和新政権の直轄地を置いたのである。
 祭祀に携わった氏族大倭直氏は神武東征時の水先案内人の椎根津彦を祖とし、大和國造に任じられた氏族である。



お姿
  上ツ道に面している。大和古墳群の西端に当たる。
 社地はやや高い場所に鎮座、この神社の森は極めて大きく長い。東側の一の鳥居から参道が200m位続いている。巾は30m程度である。 社殿のある杜は大きく広がっている。首の細長い壺のような神域である。かっては八町四方と巨大な神域であり、四至を固めていた神社があった。 その中の一つである北側に素戔嗚神社があり、地元の崇敬を受けている。神域が縮まり、摂社が独立した例である。



拝殿



お祭り

 例祭   4月1日 ちゃんちゃん祭
 御弓始祭 1月4日(八千矛神の祭)
 御田植祭 2月13日

*1 日本の神々と建国神話(志賀剛)雄山閣

大和の神々
神奈備にようこそ