![]() 姫路市砥堀1402 google 社殿風景 ![]()
交通 播但線砥堀駅 南800m 西の山裾
天明二年(1782)寺社明細帳に地神森社として記載されている。明治維新以前は地神森社と呼ばれていたようだ。安産祈願の信仰が昔からあったそうだ。 『播磨国風土記』によれば、「餝磨の郡・大野の里」に当たる。「砥堀と称する訳は、品太天皇(応神天皇)の時代、神崎の郡と飾磨の郡との境に大川(市川)の岸の道を造った。この時、砥を堀り出した。だから砥堀と呼ぶ。」と出ている。 拝殿と巨岩 ![]()
山裾にへばりつくように鎮座、巨岩の横に拝殿がある。また巨岩の上にも小祠が置かれている。 巨岩と小祠 ![]()
『姫路の神社』神戸新聞総合出版センター 『兵庫県神社誌』(昭和十三年) 『古代播磨の地名は語る』姫路文庫 神奈備にようこそに戻る |