波多神社
大阪府岸和田市畑町一丁目12−1xits-mo
鳥居
交通
JR東貝塚駅 南東400m 東600m
祭神
波多八代宿禰
拝殿

由緒
和泉国和泉郡の式内小社。
もと阿間河荘の内にして畑村と称す。畑は波多なり。波多氏に因めり。波多氏は『古事記』孝元天皇の段に、「建内宿禰之子波多八代宿禰者波多臣之祖や」と見ゆる波多氏これなり。波多八代宿禰者を祀れり。波多氏の其の祖を祭りしものならん。延喜式内社なれども、由緒は詳らなず。明治五年村社に列せられる。
波多神社は西方字コントにあり。境内は弐拾坪を有し、本殿・拝殿を存す。里俗は雷除けの神として崇敬せり。(『大阪府全志』から抜粋)
阪南市石田の波太神社、岸和田市八田町の矢代寸神社、これらも式内社であり、建内宿禰や波多八代宿禰者を祀るとされ、この地域の波多氏の戦力が偲ばれる。
本殿
神社の風景

たたずまい
樹齢数百年の木々があり、古社の雰囲気を醸し出している。
本殿は覆殿の中に保護されており、お参りする正面からの写真となってしまった。
拝殿の上に「至誠通神」の額が掲げられていた。
お祭り
10月 8日 例祭
平成祭礼データ
本地(大字畑)は古来南郡に属し、もと阿間河荘の内にして畑村と称す。畑は波多なり、波多氏に因あり。
波多氏は古事記孝元天皇の段に「建内宿禰之子波多八代宿禰者波多臣之祖也」と見ゆる波多氏是なり。
波多神社は西方字ユントにあり、波多八代宿禰を祀れり。波多氏の其の祖を祭りしものならん。延喜式内の舊社なれども由緒は詳ならず。明治5年村社に列せらる。
境内は20坪を有し、本殿、拝殿を在す。里俗は雷除の神として崇敬せり。氏地は本地一円にして旧祭日は10月1日なり。
以上 |
道を間違えて見つけた火伏神社(バス停極楽寺付近)
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