建水分神社(たけみくまり)
南河内郡千早赤阪村水分357番地 its-mo
鳥居

交通案内
近鉄富田林駅より森屋行きバス森屋下車 東へ600m登る
近鉄富田林駅より水分・青崩行きバス水分神社前
祭神
中殿 天御中主神
左殿 天水分神、水波乃売神
右殿 国水分神、瀬織津比売神
末社 金剛神社 天照御大神
境内社 南木(なぎ)神社 楠木正成公
由緒
河内国石川郡の延喜式内社。河内の上水分神社と言われ、美具久留御魂神社が下水分神社と称するのに対応した呼び方である。
崇神天皇五年、天下饑疫の際、勅して金剛山麓に創建されたとの説明がある。
この神社から水越峠を越えていくと大和葛城の地に至る。途中、葛木水分神社がある。この社との水争いで当社は負けたとのことである。
水分神社は大和盆地の東西南北に四座と此処だけである。
元の社地はここより東500mほどの所にあったが南北朝の争いの中で兵火にかかり、楠木正成が現在地に社殿を再建した。
お姿
金剛山道と富田林街道の合流点に近い所に鎮座している。 鳥居をくぐり階段を登ると拝殿があり、さらに石段の上に三殿が渡廊でつながった本殿がある。中殿は春日造、左右殿は流造の美しい建物で、神社建築としては全国唯一の形式である。明治三十三年国宝、昭和二十五年に重要文化財に指定されている。西南向き。最近は実際の所、本殿を見るのは難儀なことで、わずかに屋根が見える程度。
拝殿
本殿 中殿
お祭り
春祭 4月25日
秋祭 10月17日
南木神社
南木神社は楠木正茂公を祀る。当社の由緒によれば延元元年()五月、公の湊川に戦死するや、□□後醍醐天皇太くご悼□あらせられ翌年御親ら公の木像を刻ませ給ひて公の産土神たる当社の神域に祀らしめ給へり。
鳥居 拝殿 本殿
平成祭礼データから
由緒
楠木家の氏神で創立古く、人皇第十代崇神天皇の五年天下饑疫(きえき)の際勅して、金剛葛城の山麓に水神を祭られた。後醍醐天皇の勅令に依って楠木正成が水越川のほとりの下宮にあった社を移して再建したもので、本殿は三殿より成り、中殿は春日造り天御中主を祀り、左右両殿は流造で水分神を祀る。三殿は渡り廊下で連なり、その構造功緻で建築学上模範である。神社建築としては、全国で唯一の形式で明治三十三年国宝に、昭和二十五年に重要文化財に指定された。
以上 |
河内国名所図会 上水分社
公式建水分神社
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