![]() (こまがたおおしげ) 社殿風景 ![]() 交通案内
大重神社については、『日本書紀』皇極天皇三年の条にその名のある葛城犬養連網田らの祖神すなわち葛城犬養神を祀った神社との『大和志料』にはあるとのこと、 犬養を大重と誤記、また八重の誤記との見方もあるようで、これはきりのない話と云うか、霧の中の話である。 はなしはややこしいが、享禄五年(1523年)茂野社が建立されている。楢原氏の祖である滋野貞主命を祀ったこの茂野社をして式内社の大重神社に比定したようである。 (以上、『大和紀伊寺院神社大事典』から) 茂野社の建立は大重神社の再建との見方ができるのかも知れない。 平安時代に作成された畿内の豪族の出自を記した『新撰姓氏録』の大和国神別に「伊蘇志臣」と言う名前の氏族が載っている。これには滋野宿禰同祖、天道根命之後也。 とあり、右京神別下に「滋野宿禰」、紀直同祖。神魂命五世孫天道根之命後也。とあり、紀の国造と同じ祖を頂く氏族である。 さて、『郡誌』には、天道根之命の子孫の楢原氏は伊蘇志氏を賜り、其の子は滋野氏を賜ったと記す。 摂津國武庫郡の式内社伊和志津神社の所でも記したが天道根之命とは新羅国天日槍命かそのの後裔であったのかも知れない。 ![]()
『式内社調査報告』 神奈備にようこそ |