那祖師神社
対馬市上対馬町豊字大多1337番地 地図
鳥居
交通案内
対馬空港からタクシー
祭神
曽戸茂利 (平成祭礼C)
素盞嗚尊 合祀 天狭手依姫命、五十猛命 (境内説明書き)
由緒
対馬島上県郡の那祖師神社に式内社島大国魂神社と若宮神社を合祀している。
島大国魂神社は対馬の国魂を祀る。即ち『古事記』の島生みの段で、津島を生みたまひき。またの名を天狭手依比売といふ。による。
『津島紀略』によると、「島大国魂神を上県郡の最高峰で第一の霊山とされる御嶽の神。」と比定している。宝暦十年(1760)の「大小神社帳」では、島頭神社とし、祭神も天日神命とし、脇宮に那祖師(素盞嗚尊)、御子若宮(五十猛命)としている。
『長崎県の地名』によると、「明治七年、那祖師神社と若宮神社は独立した神社になった。」とのこと。
那祖師神社は基本的には山中などに鎮座する御子神の遙拝所であり、また親神でもあったようだ。これは曽根崎神社の例でも明かであり、祭神は素盞嗚尊となる場合がある。そうすれば御子神は五十猛神で、現在も不通浜(とおらずのはま)の先に鎮座の若宮神社の祭神である。宮司さんによると、「昔は船で参詣したが、今はそれも行われなくなった。」とのこと。
貞享三年の「神社誌」から
那祖師大明神・若宮大明神・島頭大明神・地主・山房・矢房を祀る。」と云う。
『長崎県の地名』には、「島大国魂、古くは島頭大明神は椎根島に鎮座、椎根津彦を祀った地と推定。瀬戸内海から朝鮮に渡る海部の重要な祭祀だった。」と書いている。
『対馬神社誌』から
若宮神社(上対馬町豊字難ケ浦)
1.祭神 五十猛命
2.由緒 五十猛命は素盞男命の御子にして韓地に渡らせ給ふ時此の地は行宮の古跡なり。後其の霊を祀り若宮神社と称す。古より国主の建立の社なり。創建年暦不詳。明治七年六月社格村社に列せらる。
3.社殿 四尺方
4.境内 百五十九坪
5.氏子 四十七戸
6.祭日 十月五日
拝殿とそれへの石段
お姿
対馬北端の漁港の山側に東面して鎮座。不通浜は豊漁港から海岸の岩場を行くとあり、地元の方はこれ以上は行かないそうだ。
『長崎県の地名』には、「船泊りの良い入り江に恵まれている。神功皇后が矛・剣を当地に納め、国の豊かになるを願ったと云う所伝がある。」と記す。
九州北部の豊国・長門国の豊浦など「豊」の地は神功皇后の伝説が共通するようだ。対馬では神功皇后と豊玉姫命の祭祀は重なっているようだ。
高所の本殿

拝殿内の神社名
お祭
例祭 10月 3日
参考 『式内社調査報告』、『対馬神社誌』、『平成祭礼CD』
五十猛命ホームページ
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