![]() 隠岐郡都万村大字都万4245-3 mapfan 鳥居 ![]() 二の鳥居 ![]() ![]() 交通
拝殿が見えてきた。 ![]() 拝殿 ![]() 由緒 社伝によると延喜六年(906)隠岐国坤方より猛風吹き起こる。時に天健金草神の託宣あり、曰く新羅の賊船数隻浮かんで北海にあり、我れ彼の賊を追退せんがための大風を吹かしむるものなりと、帆柱の木材等漂流して神威の赫ゝたるものあり¥し。 是より先仲哀天皇の御代、神功皇后角鹿より発して西海に赴く時、颱風忽ち起こりて潮濤頻りに王船を襲ふ。この時、五十猛神現れて託宣あり、妹大屋津媛命・抓津媛命の二人をして皇后に奉侍せしめて表素碕(おもさき)に至る、即ち海風の起これる海上を吹浦湊と謂うと(今は福浦と訛れり)かくて涌井濱を過ぐる時颱風全く泙平ぬ。因てこの浦を諾浦濱といふ、今那久濱といふ。。浦口に神ありて諾浦媛神と云う。 時に王船は海濱に到着す其の地を王者汀と云う。此の時又星神、天甕星神衆星と共に天降りて王船を防護せるの奇瑞あり、国司海人等を卒いて釆詣し、調物を献ず。皇后大に喜びて詔して日く『朕不徳なりと錐も神祀の霊恩を蒙り、下群臣の扶翼に頼り幸甚窮りなし』と則ち伊賀襲津彦をして五十猛神等を大山に祀らしむ。三女神は即ち大屋仙洞及び狭山涌泉に鎮座す。皇后 本殿 ![]() 本殿 ![]() お姿 大屋のワンド(隠岐ジオパークブックから) ![]()
参考 『神国島根』、『式内社調査報告』 五十猛命ホームページ 神奈備にようこそ |