伊太祁曽神社の社寶 一部進駐軍に接収されたものあり
社宝 | 年月日 | 銘 | 個数 |
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太 刀 | 享保六年(1721年)十月吉宗寄進 | 師光 | 一 |
太 刀 | 寄人不知 | 来国光 | 一 |
太 刀 | 和歌山県寄進 | 月山貞勝 | 一 |
太 刀 | 正宗当社芝の辻にて作ると伝う | 無 | 一 |
太 刀 | 安政二年(1855年)若山腰物職人中寄進 | 長船威光 | 一 |
短 刀 | 境原八王子社のもの | 来国俊 | 一 |
神 輿 | 銘中に萬治三年(1660年)七月二十六日作ると | 三 |
伊太祁曽神社の古文書 県立博物館にて保管のものあり
年代 | 西暦 | 文書数 |
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久安四年 | 1148年 | 一 |
承久二年 | 1220年 | 一 |
延元二年 | 1337年 | 一 |
明応元年 | 1492年 | 一 |
正平七年 | 1352年 | 一 |
正応年間 | 1288年〜 | 一 |
南北朝以降寄進状 | 年〜 | 三十九 |
伊太祁曽神社の摂社末社
摂 末 社
〇二十二社 本殿に向かって左にあって明治四十二年神社合祀の命により吉礼を除く
東西両山東村の氏子区域の小祠を合祀している。 社殿は王子造にして元境原八王子社の社殿であった。
神輿庫は元庭池の北側にありしを昭和十二年現地に遷しこの地にあった 蛭子社並に境原八王子社、若宮八幡、好見社、
木枕の丹生社、南畑の気鎮社、里神社大将軍社等の神々二十二社を合祀している。
續風土記に見る近隣の小社小祠一覧
地域 | 神社小祠名 | 区分 | 現状 |
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境原 | 八王子権現社 | 小社 | 摂社二十二社に合祀
二十二社の社殿 短刀は社宝 |
境原 | 八幡社 | 小祠 | 摂社二十二社に合祀 |
境原 | 妙見社 | 小祠 | 摂社二十二社に合祀 |
口須佐 | 須佐明神社
摂社里神社・牛神社 |
本國神名帳
名草郡正一位須佐大神 |
摂社祇園社に合祀 |
口須佐 | 妙見社 | 小社 | |
奧須佐 | 八幡大神秀倉 | 小社 | |
伊太祈曽 | 亥の森社 | 小社 | 摂社三生神社 |
平尾 | 妻大明神社 | 本國神名帳
従四位下妻都比 ![]() |
都麻都姫神社 |
平尾 | 平緒王子社 | 小社 | 平緒王子跡の碑 |
平尾 | 産土神社 | 小祠 | |
平尾 | 辨財天里神社 | 小祠 | |
平尾 | 妙見社 | 小祠 | |
平尾 | 牛神・里神社 | 小祠 | |
平尾 | キシヤウ森明神社 | 小祠 | |
鹽谷 | 牛神社 | 小祠 | |
鹽谷 | 辨財天社 | 小祠 | |
鹽谷 | 里神社 | 小祠 | |
鹽谷 | 住吉社 | 小祠 | |
鹽谷 | 妙見社 | 小祠 | |
明王寺 | 生都比賣神生部彦神三部明神
相殿三扉 |
小社 | 奥宮の丹生神社
伊太祁曽神社お旅所 |
明王寺 | 熊野權現社 | 小祠 | 二十二社に合祀 |
明王寺 | 妙見森社 | 小祠 | |
明王寺 | 白山權現社 | 小祠 | 二十二社に合祀 |
矢田 | 牛神社 | 小社 | |
木枕 | 丹生四所明神社 | 小社 | 二十二社に合祀 |
木枕 | 里神社 | 小祠 | |
木枕 | 講庭明神社 | 小祠 | |
永山 | 里神社 | 小祠 | |
永山 | 牛神社 | 小祠 | |
永山 | 天神社 | 小祠 | |
中村 | 牛神社 | 小祠 | |
中村 | 牛頭天王社 | 小祠 | |
中村 | 里神社 | 小祠 | |
中村 | 辨財天社 | 小祠 | |
中村 | 回社 | 小祠 | |
大河内 | 八王子社 | 小祠 | |
大河内 | 若 宮 | 小祠 | |
大河内 | 八王子社 | 小祠 | |
大河内 | 里神社 | 小祠 | |
南畑 | 里神社 | 小祠 | 摂社二十二社に合祀 |
南畑 | 大将軍社 | 小祠 | 摂社二十二社に合祀 |
南畑 | 氣鎮社 | 小祠 | 摂社二十二社に合祀 |
黒岩 | 聖御前社 | 小社 | |
黒岩 | 里神社 | 小祠 | |
黒岩 | 山王權現社 | 小祠 | |
黒岩 | 天神社 | 小祠 | |
黒谷 | 天照大神社 | 小祠 | |
黒谷 | 牛神・八王子社 | 小祠 | |
頭陀寺谷 | 若宮八幡宮 | 小社 | 二十二社に合祀 |
〇祇園社 本殿の北丘陵の中腹にあり元よりの素盞嗚尊天照大神埴安比売神の外須佐にあった須佐神社を合祀する。
神明造にして神域約三坪、土塀を廻らす。
○磐間戸社 一の鳥居の入り口、伊太祈曽公民堂の北側にあり
櫛磐間戸の神、豊磐間戸の神を祭る。天の岩戸の神とも称し御門を守る神である。
○亥の森社 小名内村の東一町許の田の中の森で五十猛命、大屋津比売命抓津比売命の三神を祭る。
流造の小祠で三生神社といっている。 境内周約六十六間ある。垂仁天皇の朝秋月萬代宮より遷座し約七百余年、和銅六年(713年)三神の分遷までこゝに遷座されたという。
毎年十月初亥の日を卜して塩の小豆餅を供え神事を取行われる。之を亥の森祭と称せられる。
注 伊太祁曽神社の詳細については小林国太郎著、伊太祁曽神社由緒記。同著伊太祁曽神社に関する古文書並に文献に詳説している。
伊太祁曽神社
神奈備にようこそ