丹生川上神社上社
奈良県吉野郡川上村迫167 its-mo
旧鎮座地

ありし日の川上社 ご提供マルヤさん

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交通案内
近鉄吉野線大和上市駅 川上村方面行きバス40分
祭神
高 神 配 大山祇神、大雷神
摂社
山之神社「大山祇神」
恵比須社「大國神、言代主神」
大山祇祠「大山祇神」
水神社「彌津波能賣神」
愛宕社「火武須毘神」
由緒
天武天皇の白鳳四年(676年)に「人声聞えざる深山に宮柱を立て祭祀せば、天下のために甘雨を降らし霖雨を止めむ」との御神誨に因り創立された古社の論社である。
丹生川上神社は国中の大和神社の別宮として雨師明神を遷した社と伝わる。
当地を流れる川は現在は吉野川の本流とされており、丹生川とはよばれていない。 丹生川上神社なる神社名よりは吉野川上神社であり、鳥居の扁額は高 大神と記しているように、式内の丹生川上神社の論社とするのには無理があるし、大滝ダム建設による遷座後の跡地からは古い遺物が出土している所からも、大和神社からの勧請で始めて創建されたものではなく、
往古よりこの地に住む井光一族が祀っていたものではなかろうか。 縄文弥生の遺物は祭祀用ではなく、神話の神々と出会う旅宮の平遺跡では生活の痕跡のようであり、 古墳時代、奈良時代の遺跡遺物は出土していないとのことで、一時途絶えたのかも知れない。これも当社が式内社ではない傍証になろう。
式内社になっている神社は少なくとも奈良時代には神社の形は出来ていたのではなかろうか。
下流の宮滝遺跡からは縄文時代の南紀の海岸の石などが出土しているが、この辺りも熊野ー吉野のルートの中継点だったのかも知れない。
そうすると峻険な山岳地帯を通って行くためにも、当地で祭を行ったことは充分考えられる。
式内社であることが誉れではあろうが、遥か悠久の古代より祭祀されていた神である事実のほうがより由緒を感じる。
お上のご指定をありがたがる時代は既に終わっている。
上記の事は古来から高 神が祀られていたと主張するものではない。祭祀跡に同神が勧請されたのであろう。
一説には高麗神であったとも言う。それが高 神に変わる。高麗神も素盞嗚尊の子孫と言えなくはない。
拝殿

お姿
古社跡を丸ごと発掘できる機会はめったにないことで、これはダム建設のお陰と言えば言えるのだろうが、このご時世ここにダムが必要だったのかどうかは承知していないが、
我々の時代に吉野の貴重な文化が一つ失われたことは明確である。
新しい社殿は移転補償金と建設会社の寄付金も合わせて本殿、拝殿、摂社、参集殿や社務所も豪壮である。 数十年を経れば、好い雰囲気の神社になるのだろう。
某女性神職さん曰く、「神様はチャント遷座されています。青い光の中に見えます。」とのこと。 青い光は国津神の特徴だそうだ。
本殿

本殿、川、堤防の磐座、山が一直線に並んでいたと云う。
サングリーンさんご提供

川と磐座 日出倭さんご提供

お祭り
10月 7日 例大祭宵宮祭
10月 8日 例大祭
平成祭礼データから
丹生川上神社上社
御祭神 高 大神
相殿神 大山祇神、大雷神
御由緒
天武天皇白鳳四年(皇起一三三五年)「人聲ノ聞エザル深山吉野ノ丹生川上ニ我ガ 宮柱ヲ立テテ敬祀ラバ天下ノタメニ甘雨ヲ降ラシ霖雨ヲ止メム」との神宣により創祀
されたと伝えられています。
上代の祭祀に御社殿はなく、折りにふれて霊山、霊木等に降神をいたし、祭祀を行 っていましたが、天武天皇の御代、初めて御社殿を建立して奉斎されたのであります
。勿論それ以前から祭祀が行われて居りました事は、現社殿近くより多数の土器・石 器が出土しましたので、御本殿御遷座の後、再び発掘調査いたしますので、上代より
祭祀が行はれていた事を明らかにされる事でしょう。
天武天皇は英聖文武にあらせられ、深く治民に御心を用いられ、数多くの御治績を 擧げられておられます。敬神崇祖の念篤く、皇女を斎宮とされ、二十年毎の伊勢の神
宮の遷宮の制を設けられました。仏教も奉信されて、薬師寺等も建立遊ばされたので あります。
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奈良新聞 平成17年5月27日
縄文時代中期の石皿出土 国内最古とみられる水銀朱を精製した石皿
川上村迫の「宮の平遺跡」で、水銀朱の精製に使った縄文時代中期の石皿が出土し ていたことが26日分かった。県立橿原考古学研究所がこのほどまとめた報告書で明ら
かにした。水銀朱としては国内最古の確認例。同遺跡の発掘を担当した橿原考古学研 究所の橋本裕行さんは「古代の朱は酸化鉄から精製したものが主流で、何のために水
銀朱を精製していたのか今の段階では分からない」と話している。
宮の平遺跡では平成12年、縄文時代早期(約9000年前から8000年前)の竪穴住居跡
がまとまって見つかったほか、自然石を半円形に並べた縄文時代中期末から後期初頭 ごろ(約4000年前)の環状列石(ストーンサークル)も見つかっている。同所は現在
、大滝ダムの底に沈んでいる丹生川上神社上社の旧境内
石皿 拡大写真 奈良新聞HPから

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